「正直、私もまだ理解できない」
ツバサは卵焼きをパクリと頬張りながら上目遣い。
昼休みの裏庭。空気は冷たいが風はあまり入ってこないので、コートや上着を着ればそれほど寒くはない。
「シロちゃんがあんな事をしでかすなんて。ねぇ、シロちゃんって、昔っからそうだったの?」
横で菓子パンにかぶりつくのは美鶴。
「いや」
短く答える。
「いきなり暴走したりとか」
「そんなの、見た事無いな」
言いながら数日前の事件を思い出す。
校門で待ち伏せ、いきなり聡に抱きついた里奈。美鶴には頼らないと叫び、聡の事も渡さないと宣言した。場は、騒然となった。翌日、聡と美鶴の周囲が騒がしかったのは言うまでもない。
「どうやらお知り合いのようでしたわね」
甘い香りを振り撒きながら身を寄せてくるのは、コラーユという聡のファンクラブ的存在の中心人物の一人。
「できましたら、詳しいお話をお聞かせ願えません?」
「断る」
素っ気無い返答に、相手の顔が紅潮する。
「まぁ、こちらが下手に出ればいい気になってっ」
「だから言ったじゃない。大迫美鶴になんて媚売っても、こっちが損するだけだって」
「庶民の分際で生意気な」
「男二人を侍らせる売女に頼る方が間違い」
教室の隅でクスクスと顔を寄せ合うのは、柘榴石倶楽部のメンバー。
「金本聡なんて野蛮な男に入れ込むからですわ」
「ホント、男を見る目が無い人は、哀れよねぇ」
「失礼なっ 山脇瑠駆真だって同じじゃないっ」
「何よ?」
「大迫美鶴とのフシダラなキス写真。忘れたワケではありませんわよね」
途端、息を呑む柘榴石。
「あっ あれはっ 瑠駆真様の御意思ではありません。そこの女が瑠駆真様を誘惑したのよ」
「そうよ、そうよ」
「あら、どうかしら? 意外と山脇くんの方から迫ったりして」
「そんな事、瑠駆真様がするワケがありませんわ。なにより、瑠駆真様は高貴な王族なのですのよ」
「そうそう、そうでしたわよねぇ」
コラーユ側が人差し指を顎に当てる。
「その王子様は、確かお后候補をお探しだとか。そのお話はどうなりまして?」
「もちろん、まだ決まってはいませんわ」
「あら? ホント? でも最近はお姿を見かけませんわよね。山脇くんの側近なのではないかと噂されている黒人の女性」
小さく唾を飲む柘榴石。
「これって、どういう事かしら? ひょっとして、お后様がもう見つかったから、だからあの黒人は学校に来なくなったのでは?」
「ち、違いますわっ」
顔を真っ赤にして反論する。
「きっと、候補となる存在が多過ぎるので、なかなか決められないのですわ。そのうち、きっとまたいらっしゃるはずです」
その時には、もっとこちらからアピールをしなくては。ひょっとしたら、山脇瑠駆真の相手として認められ、小国ながらも一国の王族の妻という地位を得られるのかもしれないのだから。
この話は生徒から保護者にまで飛び火しており、どのようにして自分を女として売り込めばよいかなどを娘に指南している母親もいるとか。わざわざ学校にまで尋ねてくる母親もおり、メリエムに声を掛けた者もいる。
「そちらこそ、金本聡なんて庶民上がりの男を追い掛け回して、これ以上埃が出てこなければよろしいですわよね」
「どういう意味よ」
「あの手の男は、火遊びが好きに決まっていますわ。きっと他にも阿婆擦れ女が飛び出してきそう」
「そうそう。私と将来を約束したじゃないっ! なんて叫びながら学校に乗り込んでくる女が出てきたりして」
どこからそんな発想が出てくるのか。テレビの見過ぎではないかと突っ込みたくなるような会話は、予鈴と共に中断される。
「あの女の件、必ず聞き出してみせますわ」
去り際に美鶴へ鋭い視線を投げるコラーユの幹部。
思わずため息をもらしてしまった。
「金本くんの方も大変みたいだよぉ」
お弁当の最後の一口を箸で摘み、ツバサは肩を竦めた。
「まぁこっちは、睨み一つでだいたいは収まっちゃうけどね」
「聡らしいな」
事の真相を問い詰めようと群がる周囲に、ギンッと睨みを利かせる聡。
「ウゼぇよっ!」
一喝で周囲を鎮める姿など、容易に想像できる。
「でもね、女の子たちもなかなかしぶとくてね、さすがの金本くんもかなりうんざりしてるみたい」
「で、そのとばっちりをアンタが受けてるワケか」
「ホント、とばっちりって言うより八つ当たりだよ」
空になった弁当箱に蓋をする。
「どういう事だって金本くんに問い詰められたって、私にだって説明のしようがないよ。だって、まさかシロちゃんがあんな行動に出るとは思わなかったんだもん」
大きく白い息を吐く。
「一応、美鶴の住所とか携帯の番号とかは教えたんだけどね。連絡とかって、あった?」
「無い」
「そう」
ツバサは少し俯く。
「手遅れって、事かな?」
言ってから、慌てて付け足す。
「あ、別に美鶴の決断が遅かったって言ってるワケじゃなくって」
「別にいいよ」
「あぁ、だから」
素っ気無い声に、ツバサはさらに慌てる。
「だから、まだシロちゃんとの仲が切れてしまったワケではないんだから」
「切ったのは私の方なんだから、仕方ない」
鰾膠も無く言われては、返す言葉も無い。
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